’02・7〜8月


 02・8・31  トッコちゃん、いつも元気をありがとう!
 従姉の登紀子さん(トッコちゃんと呼んでいます)の、元気じゃない時をあまり見た覚えがない程、いつもいつも元気一杯!そして貴女が何の苦もなく人のお世話をしているように見せていることがすごいことだと、やっと私にも分かってきました。
 ?十年前、貴女が花嫁姿で嫁いで行った時のことを鮮明に覚えています。今よりずっとふっくらしていましたね。そして今日、私の次女が嫁いでいきます。親元を離れていく娘がどんな人生を歩んで行くのかと、貴女や私が生きてきた道と重ね合わせて思いをめぐらせています。 

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娘の結婚が決まった時「おめでとう、よかったですね。この写真は松坂の朝田寺(ちょうでんじ)のぼたんです」と、メールをもらって嬉しかったことを、今日になってまた思い出しました。

02・8・24   和子さんの会話はそのまま大阪漫才!
 和子さんが一年半前に大阪へ引っ越された時の体調は、私から見ると最悪!ご実家をマンションに建て替えてお母さんと住むのだからきっと体調も良くなるだろうと思っていたら、3日前に訪ねて来てくれた姿を見て驚きました。良くなるどころか私よりずっと元気そう!難しい病気と付き合っている人にはとても思えない明るさで圧倒されっぱなし。ひどかった時は手や腕にも症状が出ていて心配したのに、すっかりきれいになり「ツルツルよ〜、榛原(はいばら)温泉のお湯が良かったんやわ〜!」
 カウンセリングやテープ起しの勉強をしたり、フラワーアレンジ、料理にも興味を持って貴女の積極的な生き方に触発されました。家族同士でスキーに行ってからもう8年位経ったのかしら?あの時「ウノ」やトランプの「大富豪」を教えてもらって、笑いすぎる程笑ったのはとても楽しい思い出です。
 難波の宝くじ売り場に勤めて1年、『チケットを手渡す時「当たりますように〜」って言うとお客さんは「バチが当たるわ〜」って言うネン。』これには笑ってしまいました。大阪の人達の会話は、そのまま漫才になっていて貴女が大阪に帰ってから元気にイキイキしている様子がよくわかります。 久しぶりに大阪弁の話に楽しい時間をありがとう。




02・8・17   恵美さんは海外旅行アレンジャー!
カナダ・バンフ国立公園の中でも一番美しい色の湖だったモレーン湖を背に。
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 恵美さんとはアメリカ東海岸コネチカットへ行ったのが最初で、その後アラスカ、ドイツ、カナダへ一緒に出かけました。恵美さん、コネチカット・コベントリー湖の無数の蛍や、ボストン美術館の中で聴いた南米音楽は素晴らしかったね。アラスカで見た氷河の崩れ翌ソる迫力は爆音と共に目に焼きついています。ドイツ・ハンブルグの市内を流れていたエルベ川が今増水してますね。カナダではエドモントンからカルガリー、バンフと車で移動が出来たのは幸いでした。いつもテキパキ旅行の段取りをしてくれます。
 昨年の丁度今ごろ、愛犬・ゴールデンレトリバーのエルモが、介護の甲斐なく亡くなってしまってショックが大きかったでしょうね。本当に家族の一でしたから。
 また海外へ一緒に行けることを楽しみにしています。
お茶目でみんなの人気ものだったエルモ。
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02・8・10   銃規制運動と共に生きる服部美恵子さん
1993年11・6日、ホワイトハウスにてクリントン大統領と面会

" May I put it on you? " (銃規制のワッペンを貼りつけてもいいですか?)
" Sure " ( いいですとも )
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 1992年10月17日夜8時半(現地時間)ルイジアナ・バトンルージュで発射された一発の銃弾が貴女の人生を大きく変えてしまいましたね。あの日貴女は、スカイのママの加代子さんと名古屋へ出かけていたんですよね。ニュースで知ったときの衝撃は今でも私の中でそのまま存在しています。その後、剛丈(よしひろ)君の米国での愛称から名付けた「Yoshiの会」を基盤に始めた銃規制活動は、日本の署名170万人分と米国分15万人分の数が物語るように、いつも目を見張らせられています。
 とはいえ、世間で言う活動家のイメージは全くないのは周知の通り。いつもよく考えながらゆっくりした話方で、相手をホッとさせてくれます。田や畑で出来たレモングラス、キンカン、お米、そして手作りのおはぎやお寿司・・・いろいろありがとう。


02・8・3   ボーダーコリー・スカイ(SKYE)のママ?加代子さん!
 よくしつけられてお利巧な ボーダーコリー・スカイ(SKYE)のママ、加代子さん、スカイはもう2歳7ヶ月、会うたびに可愛くなっていきますね。初めはぬいぐるみと間違えるほど小さくて可愛いかったのに、今ではじゃれて跳びつかれると貴女が倒れそう。スカイの前にいたシベリアンハスキーのノエルも貴女より大きくて、それでもよく言いつけを守っていましたね。
 昨年の11月は「昨夜は獅子座流星群御覧になりましたか?私は生まれて初めてあんな沢山流星を見ました。今度見るのは33年後とか。」とメールを下さり、同じ年齢の友達にだけ通じ合う思いがありました。子供達がまだ幼児の頃に出会ってから随分長いお付き合いになりましたね。いつも、人との交わり方を貴女から学ばせて頂いています。庭で取れた杏のジャム、とても美味しかったです。

02・7・27    「ワイルドガーデン」の主、昭子さん!

私の大好きな
数珠球
 いつも自然体で楽そうに生きているように見える昭子さん、根はとても心こまやかに気を使う人。先日も大勢で押しかけたけど、皆が居心地いいように細かく心遣いを頂きました。彼女が「ワイルドガーデン」と呼ぶ広い広い庭には野性味溢れる草花が、四季折々の風情を見せて咲いています。季節の花々を毎日掲載していた私には彼女の庭が宝物のように見え、何度か写真撮影のため伺いました。一緒にアラスカへ行った時の荷物の小ささにも貴女の自分らしさを感じました。貴女から頂いた数珠玉の苗、まだあまり大きく育っていないの、貴女の庭の数珠球のように育ってくれるかしら?

 02・7・20   信州・小布施の友子さん



栗の花から実へ。今は直径4cmくらいの大きさ。





今現在のリンゴの様子.。
袋をかけたまま秋を待っ
ています。(写真をクリック)
 6年前、長野県小布施へ引っ越して行かれてからも度々こちらに来てくれたり私が行ったりと、縁が一層深まっていく友子さん。「去るもの日々に疎し」になりがちなのに、これは偏に貴女のお陰です。
 5月ら始まったメールのやり取り、「今メール送ったから」と電話。写真を送ってくれても「送れてる?」って電話をありがとう。そのついでにまたおしゃべりが出来て喜んでいます。
 40キロに満たない身体でリンゴ、葡萄、栗だけでなく田や畑の世話もあるのに、他人のことまで一杯抱えて・・・・
 『貴女のホームページを見ていたら、一言 お礼を言いたくてメールを打っています。「優しい心にして下さって本当にありがとう。」明日も、頑張れそうです。』私こそ元気をもらっています。

 02・7・13  毎月の「お便り」楽しみにしています!
 昨年の今ごろ初めて会ったテンさん、彼女の雰囲気も、その後のメールのやり取りもユニークで目がテンに・・・。今年の1月から送って頂いている月一度の音楽付き「お便り」をとても楽しみにしています。「五感を鋭くして日々是好日で暮して」書いているという。20人位の人と共有して見ていることも楽しさの一因であることに気が付きました。6月のお便りには「お茶」に対する思い入れを書いているのを読み、こういう世界があったことを思い出しました。ありがとう!そして右のイラスト・笹と共に送られてきたのが以下の漱石の文章、そこにも忘れていた世界がありました。

 
西欧の文明は積極的、進謫Iかもしれないが、つまり不満足で一生をくらす人の作った文明さ。日本の文明は自分以外の状態を変化させて満足を求めるものぢゃない。西洋と大いに違ふところは、根本的に周囲の境遇を動かすべからざるものといふ一大仮定の下に発達しているのだ…山があって隣国へ行かれなければ、山を崩すといふ考へを起こす代わりに、隣国へ行かんでも困らないといふ工夫をする。山を越さなくとも満足だといふ心持を養成するのだ(「我輩は猫である」より)

 02・7・6 ハワイアンとキャンプとキルト・・・・
 千葉に住む啓子さん、先日送って頂いた労作のキルトの写真、相変わらず見事なもの。左はサンプラーキルトでタイトルは「Hawaiian jamzを聴きながら」、右側の女の子のは「パッチワーク・キルト通信」No.108に載ったものですよね。キャンプが好きでウクレレも弾いて・・・・一緒にスキーに行ったこと、コタツに入っておしゃべりをしながらキルトをしたこと、とてもいい時間でした。プレスリーのファンでしたね。

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